🐢 カロリナハコガメ(Terrapene carolina)は野生で平均6.6haを動く|行動圏研究から考える「選べる飼育環境」
アイキャッチ画像提供:patoka_jpさんブリードのミツユビハコガメ(Terrapene carolina triunguis)
野生のカロリナハコガメ(Terrapene carolina)は6.6haを動く?
行動圏研究から考える”選べる飼育環境”の大切さ
はじめに
カロリナハコガメを飼育するとき、「どのくらいの広さが必要なのか?」と考えたことはないでしょうか。
日本では、衣装ケースやケージ、屋外の囲いなど、野生とは比較にならないほど限られた空間で飼育されることが一般的です。
では、野生のカロリナハコガメは実際にはどのくらいの範囲を利用して生活しているのでしょうか。
この疑問について、とても興味深い研究があります。
野生では平均6.6haの行動圏
2022年、Josephは北テキサスに生息するミツユビハコガメを対象に、VHF発信器とGPSデータロガーを使って行動を追跡しました。
調査された23個体の行動圏(home range)は、
平均6.6ha
でした。
1haは10,000㎡なので、6.6haは約66,000㎡。
正方形にすると、およそ一辺257mに相当する面積です。
しかも個体差はかなり大きく、
0.79~18.08ha
という幅がありました。
つまり、「ハコガメはあまり動かない生き物」というイメージとは違い、野生ではかなり広い範囲を生活圏として利用している個体がいるのです。
(Joseph, 2022)
ただし、ここで注意したいことがあります。
これは「毎日6.6haを歩き回っている」という意味ではありません。
長期間にわたって個体の位置を記録し、「このカメは普段このあたりを利用して生活している」と推定した範囲が行動圏です。
面白いのは「広さ」だけではない
この研究で個人的に非常に興味深いのは、6.6haという数字そのものではありません。
生息環境と行動圏の大きさに関係が見られたことです。
Josephの研究では、行動圏内にカロリナハコガメに適した環境が多く含まれている個体ほど、行動圏が小さくなる傾向が確認されました。
(Joseph, 2022)
なぜでしょうか。
一つの可能性として考えられるのが、
必要なものが近くにそろっていれば、それを探して遠くまで移動する必要が少なくなる
ということです。
実際、カロリナハコガメの行動圏について5年間追跡した別の研究でも、環境によって行動圏の大きさが異なり、研究者らは重要な資源の「配置」「利用可能性」「質」が空間利用に影響している可能性を指摘しています。
(Roe et al., 2019)
つまり、
「たくさん移動すること」そのものが目的なのではなく、必要な環境や資源を求めた結果として移動している
と考えることができます。
ハコガメは環境を「選んでいる」
野生のカロリナハコガメは、利用できる場所を無差別に歩き回っているわけでもありません。
Josephの研究では、ミツユビハコガメは落葉樹林を選択的に利用し、さらに細かく見ると、
- 落ち葉が多い
- 下層植生が多い
といった場所を選ぶ傾向が確認されています。
(Joseph, 2022)
トウブハコガメを調べた別の研究でも、落ち葉が深く、下層植生や遮蔽物などが多い場所を選択することが報告されています。
(Harris et al., 2020)
さらに、生息地域が変われば選択する環境も変化します。
ある地域では谷底や川に近い場所を好む一方、別の地域では高地を選択するなど、同じカロリナハコガメでも生息地によって環境の利用方法が異なることが確認されています。
(Roe et al., 2018)
ここから見えてくるのは、
「ハコガメにはこの温度、この湿度、この床材を用意すればよい」
という単純な世界ではないということです。
野生のハコガメには、移動することでその時に必要な環境を自分で選択する余地があります。
では、飼育下ではどうだろう?
ここで飼育環境について考えてみます。
野生では数haもの行動圏を利用することがあるカロリナハコガメを、飼育下では非常に限られた空間で飼うことになります。
もちろん、
「野生の平均行動圏が6.6haだから、飼育にも6.6ha必要だ」
という話ではありません。
野生の行動圏を調べた研究は、カロリナハコガメの最低飼育面積を調べた研究ではないからです。
また、ハコガメの行動圏は個体、性別、地域、季節、環境、研究方法などによって大きく異なります。
過去のハコガメの行動圏研究をまとめたメタ解析でも、研究によって行動圏の推定値には大きな違いがあることが示されています。
(Habeck et al., 2019)
ですから、野生の数字をそのまま飼育ケージのサイズに置き換えることはできません。
しかし、この研究から飼育者が考えられることはあります。
「何㎡あるか」だけでなく「何を選べるか」
個人的には、ここが最も重要だと思います。
飼育環境を考えるとき、
「ケージが広いか狭いか」だけではなく、「その中でカメ自身が環境を選択できるか」
という視点です。
例えば、
暑ければ涼しい場所へ。
明るければ暗い場所へ。
乾燥していれば湿った場所へ。
休みたければ落ち葉の中へ。
身を隠したければシェルターへ。
潜りたければ深い床材へ。
野生では移動することで、このような選択ができます。
一方、飼育環境が全面同じ床材、同じ湿度、同じ明るさ、浅い床材、隠れ家が一つだけ……という環境だったらどうでしょう。
たとえケージそのものが大きくても、カメが選択できる環境は意外と少ないかもしれません。
逆に、限られた飼育スペースであっても、
- 乾いた場所と湿った場所
- 明るい場所と暗い場所
- 暖かい場所と涼しい場所
- 浅い落ち葉と深い落ち葉
- 開けた場所と植物に覆われた場所
- 複数の隠れ場所
このような違いを作ることで、カメ自身が「今いたい場所」を選択できる余地は増やせます。
「環境が良ければ狭くてもいい」ではない
ここは誤解してほしくないポイントです。
今回紹介した研究から、
「環境を良くすれば小さなケージでも問題ない」
とは結論できません。
むしろ狭い空間ほど、温度、湿度、光、床材、隠れ場所などの選択肢を作ること自体が難しくなります。
さらに繁殖期などには移動量が変化することもあり、個体による行動圏の違いもあります。
(Roe et al., 2019)
つまり、
広さは必要です。
しかし、
広さだけでも不十分です。
大切なのは、利用できる面積を確保したうえで、その中に異なる環境を作ることではないでしょうか。
「動かない=満足している」とも限らない
もう一つ注意したいことがあります。
「良い環境では行動圏が小さくなる」という研究結果から、
「飼育しているハコガメが動かないのは、居心地がいいからだ」
と判断することもできません。
野生の「行動圏が小さい」という現象と、飼育ケージの中で「ほとんど動かない」という現象は同じものではありません。
野生では移動できるにもかかわらず、その範囲を選択して利用しています。
飼育下では、そもそも壁によって移動できる範囲が決められています。
この二つは区別して考える必要があります。
だからこそ、
「どれくらい動いているか」だけを見るのではなく、「動いた先に異なる選択肢があるか」を見る。
この考え方が大切なのだと思います。
飼育環境を「カメが選べる場所」にする
野生のカロリナハコガメは、私たちが想像する以上に広い生活圏を持っています。
北テキサスの研究では平均6.6ha。
別のトウブハコガメの研究でも平均約9ha規模の行動圏が報告されています。
(Joseph, 2022; Harris et al., 2020)
しかし、その広い土地をただ漫然と歩いているわけではありません。
落ち葉の多い場所、植生に覆われた場所などを選択し、その土地に存在する資源の質や配置によって行動圏そのものも変化する可能性があります。
(Joseph, 2022; Roe et al., 2019)
私たちは野生と同じ数haの土地を用意することはできません。
だからこそ飼育者として、
「このケージは十分な広さだろうか?」
だけではなく、
「この中で、このカメは自分の居場所を選べるだろうか?」
と考えてみる。
広さ。
温度。
湿度。
光。
床材。
落ち葉。
植物。
隠れ場所。
そして、それらの配置。
飼育者が「快適な環境」を一つ決めて与えるのではなく、複数の環境を用意して、最後はカメ自身に選ばせる。
野生のカロリナハコガメの行動圏研究から飼育について考えるなら、私はそこが一番大切なヒントなのではないかと思います。

参考文献(APA形式)
Habeck, C. W., Figueras, M. P., Deo, J. E., & Burke, R. L. (2019). A surfeit of studies: What have we learned from all the box turtle (Terrapene carolina and T. ornata) home range studies? Diversity, 11(5), 68.
Harris, K. A., Clark, J. D., Elmore, R. D., & Harper, C. A. (2020). Spatial ecology and resource selection of eastern box turtles. The Journal of Wildlife Management, 84, 1590–1600.
Joseph, S. A. (2022). Space use, microhabitat and macrohabitat use of the three-toed box turtle (Terrapene carolina) in North Texas. University of North Texas.
Roe, J. H., Kish, A., & Nacy, J. P. (2019). Variation and repeatability of home range in a forest-dwelling terrestrial turtle: Implications for prescribed fire in forest management. Journal of Zoology, 310, 71–82.
Roe, J. H., Wild, K., & Lunn, Z. R. (2018). Inter- and intra-population variation in habitat selection for a forest-dwelling terrestrial turtle, Terrapene carolina carolina. Herpetological Conservation and Biology, 13, 711–725.